用語

「枝葉末節」の意味と使い方・例文・類似表現・対義語は?現役記者がサクッと解説!

「枝葉末節」(読み方:「しようまっせつ」)という言葉は、「枝葉末節に過ぎない」「枝葉末節にとらわれる」などの形で用いられています。

この言葉はどのようなことを表すのか、また反対の意味や近い意味を表す語にはどのようなものがあるのか、ここでは「枝葉末節」の意味と使い方、また対義語・類似した表現について、科学・技術系記事の執筆を中心に活躍する筆者が解説していきます。

「枝葉末節」の意味と使い方・例文

image by iStockphoto

それでは、始めに「枝葉末節」の意味と使い方について説明していきます。

「枝葉末節」の意味は?

まず、「枝葉末節」には「本質的でない取るに足りない事柄」といった意味があり、「中心から離れた細かいことやつまらない事柄」を表す語となります。

なお、「枝葉」は字の通りに「樹木の枝や葉」を表しますが、転じて「主要ではない、あまり重要ではない部分」という意味もあり、また「末節」は「物事の本質的ではないつまらない事柄」を表す語となっています。

「枝葉末節」の使い方は?

次に、この言葉の使い方を例文を使って見ていきましょう。

この言葉は、たとえば以下のように用いることができます。

「彼は枝葉末節にこだわって逆に肝心なところが疎かになりがちだ」

「その問題は枝葉末節に過ぎないので、今は他の問題を優先したほうが良いだろう」

「彼は一見厳しいように見えるが、基本的なことがしっかりとできていれば枝葉末節に口を挟むことはない」

「文章を推敲する時には、枝葉末節の説明は削除して本題に沿ったところだけを残すようにするとすっきりして読みやすい」

「総合格闘技には世界的に統一されたルールが未だ存在しておらず、枝葉末節の部分では大会を主催する団体により異なる部分がある」

「会社員の仕事としては社内日誌も伝票処理も遅刻も枝葉末節のことだが、会議ではこういったわかり易いミスを重ねている者が目をつけられるのだ」

「枝葉末節にとらわれていると勉強がよくわからなくなり、面白くなくなる」

「枝葉末節」と類似した意味の表現は?

image by iStockphoto

それでは、次は「枝葉末節」と似た意味を表す語や表現について見ていきましょう。

「枝葉末節」と近い意味のある語としては「瑣末(さまつ)」「些細(ささい)」、表現としては「重箱の隅」「木を見て森を見ず」が挙げられ、以下のような意味を持っています。

「瑣末」:重要でない取るに足らないこと

「些細」:重要でないさま。取るに足らないさま

「重箱の隅」:物事の取るに足らない部分

「木を見て森を見ず」:細かい点に気を取られて全体を注意を払わないこと

「瑣末」の使い方は?

では、まず「些末」の使い方について見ていきましょう。

この語は、例えば以下のように用いることができます。

「彼は瑣末なことに時間を掛けるので全体的に仕事のペースが遅い」

「日頃の瑣末な出来事からも発想のヒントを得ることができる」

「私達は、彼の落とした財布を届けたという些末な出来事をきっかけに出会った」

「瑣末」はその字面から理解されるように、「本筋から離れたこと」つまり「物事の末端」といったニュアンスを持ちます。

「些細」の使い方は?

では、次に「些細」の使い方について見ていきましょう。

この語は、例えば以下のように用いることができます。

「教育熱心になると、私はそれまで気になっていた授業や講義の人気が些細なことに思われてきた」

「彼と分かれた日から、私はこれまでの些細なことが大切に思えてきた」

「この仕事は、どんな些細なミスも許されない」

「些細」もまたその字面から理解されるように、「物事の小さい・わずか・細かいさま」といったニュアンスがあります。

「重箱の隅」の使い方は?

では、次は「重箱の隅」の使い方について見ていきましょう。

この語は、例えば以下のように用いることができます。

「重箱の隅をつつくような世界史の難解な問題に、自分がいかに勉強をしていないのかが思い知らされた」

「取り調べでは、何度も何度も重箱の隅をほじくるように同じ質問を繰り返し、少しでも前言と異なる言い回しをしようものならその部分を突っ込んできた」

「当たり前のことを極端に意識して、重箱の隅をつっ突き始めるとロクなことにはならない」

この言葉は、主に「重箱の隅をつつく」「重箱の隅をほじくる」「重箱の隅を楊枝でほじくる」といった形で用いられますが、おおよそ人の言動に対して用いられ「どうでもいい細かいことまで取り上げてうるさく言うこと」を非難・侮蔑・軽視などのニュアンスを含んで述べる場合に用いられます。

「木を見て森を見ず」の使い方は?

では、まず「木を見て森を見ず」の使い方について見ていきましょう。

この語は、例えば以下のように用いることができます。

「彼の木を見て森を見ない考え方では、プロジェクトのマネージメントは任せられない」

「研究に行き詰まったときは大概、木を見て森を見ない思考にとらわれているものだ」

「心の病で悩んでいる時は、木を見て森を見ない状態に陥っていることがままある」

この表現は、「枝葉末節にとらわれる」「枝葉末節にこだわる」といった表現で言い換えることができますが、「木を見て森を見ず」では「俯瞰的に見ていない」、「枝葉末節」では「本質的でない」「主要な部分から離れている」といったニュアンスの違いがあります。

「枝葉末節」の対義語は?

image by iStockphoto

次は、「枝葉末節」とおおよそ反対の意味を表す語である「大所高所(たいしょこうしょ)」について見ていきましょう。

「大所高所」の意味と使い方は?

まず、「大所高所」は「細かいことにとらわれず、広い視野で物事を見通す観点」を表し、以下のように用いることができます。

「税理士と顧問契約をして大所高所からアドバイスをもらう」

「大所高所から事業構想を練る」

「部下を指導する立場として、大所高所から判断して、行動してもらいたい」

この言葉は、おおよそ「枝葉末節」と反対の意味を持っていますが、「物事の俯瞰的な観点」を含意しているため、どちらかと言うと「木を見て森を見ず」と意味が反対であると言えるでしょう。

「枝葉末節」は「本質でないところ」「主要でない部分」「つまらない事柄」を表わす

以上、「枝葉末節」の意味と使い方、類似表現や対義語についてまとめました。

この言葉は「本質ではない些細な部分」を表し、重要ではない取るに足らないことにこだわっている様子について述べる場面などで用います。

また「瑣末な部分」「些細な事柄」「重箱の隅」「木を見て森を見ず」といった表現でも同じような主旨のことを表すことができるため、場面に応じて使い分けることが可能です。

なお対義語として、「広い視点で物事を見通す観点」を表す「大所高所」が挙げられますが、どちらかと言うとこの語は「木を見て森を見ず」と反対の意味を持つと言えるでしょう。

Share:
KHajime