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「息を呑む」の意味と使い方・例文・類似表現は?現役記者がサクッと解説!

「息を呑む」(読み方:「いきをのむ」)という言葉は、「息を呑む美しさ」「思わず息を呑む」などの形で用いられています。

これといって使い方が難しい語ではありませんが、この言葉は具体的にどのような意味がありどのような場面で用いるのか、また似た意味である「言葉を失う」「絶句」「唖然」とはどのような違いがあるのか疑問に思うこともあるかもしれません。

そこで、ここではこの言葉の意味と使い方、また「言葉を失う」「絶句」「唖然」との違いについて、科学・技術系記事の執筆を中心に活躍する筆者が解説していきます。

「息を呑む」の意味と使い方・例文

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それでは、始めに「息を呑む」の意味と使い方について説明していきます。

「息を呑む」の意味は?

まず、「息を呑む」には「驚いて息を止める」という意味があり、「何かに驚いたり恐れたりして一瞬息を止める」ことを表します。

なお、「息を飲む」という表記は誤りとなります。

「息を呑む」の使い方は?

次に、「息を呑む」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いることができます。

「普段冷静さを保っている彼が会議で喧嘩腰の発言をした時、周囲ははっと息を呑んだ」

「歩道で遊んでいた子供の急な飛び出しにあっと息を呑んだ」

「彼女の洗練された身のこなしに思わず息を呑んだ」

「山頂からの景色は思わず息を呑むような絶景だった」

「遠方に見える黒船に男は息を呑む思いであった」

「二人が息を呑む気配を見せたのは、彼の傷跡を垣間見たからだろうか」

「その展望台から見る夜景の美しさに息を呑む」

「ピアノの発表会での自身の出番を直前に控え、私は緊張に息を呑んだ」

このように、「息を呑む」には「~と息を呑む」「息を呑む~」「~に息を呑む」といった用法があります。

「息を呑む」の類似表現は?

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ではここからは、「息を呑む」と似た意味のある「言葉を失う」「絶句」「唖然」という表現について見ていきます。

「言葉を失う」の意味と使い方は?「息を呑む」との違いは?

まず、「言葉を失う」には「衝撃や感動などのあまり、発言できなくなること」「言うべき言葉が見つからないさま」という意味があり、たとえば以下のように使うことができます。

「轟々と流れ落ちる滝の迫力に思わず言葉を失った」

「強制収容所の惨状には思わず言葉を失った」

「その光景に周りの人間はもちろん、テレビを見ている全国民が言葉を失った」

「想もしなかった事実に、彼女は衝撃のあまり言葉を失っていた」

「言葉を失う」は、このように「息を呑む」が使われる場面とほとんど同じ場面で使うことができます。そのため、上記の例文それぞれの「言葉を失う」を「息を呑む」で置き換えても、不自然さはなく意味も通るでしょう。

しかしもちろん、「息を呑む」という動作自体が「言葉を失う」動作と同じであるというわけではないので、動作の描写をしている文を言い換えるときには注意が必要です。

「絶句」の意味と使い方は?「息を呑む」との違いは?

次は、「絶句(ぜっく)」についてです。

「絶句」は「途中で言葉が詰まり、その後の話しが続かないこと」を表し、以下のように用いることができます。

「彼は妻からの離婚の申し出に思わず絶句した」

「彼女は挨拶の途中で感情が高ぶり絶句した」

「生徒からの思いがけない質問に、教師は驚いて一瞬絶句した」

「父親は助からないと予想はしていたが、絶句せずにはいられなかった」

「絶句」は、「句に絶する」、つまり「言葉が絶える」ことを意味しており「言葉を失う」とほぼ同等の意味を持っています。

そのため、「言葉を失う」と同様に「息を呑む」と同じような場面で使用できますが、動作そのものは「息を呑む」とは異なることを念頭に置いておきましょう。

「唖然」の意味と使い方は?「息を呑む」との違いは?

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それでは次に、「唖然(あぜん)」について見ていきましょう。

「唖然」は「驚き、呆れてものもいえないさま、開いた口が塞がらないさま」を表し、以下のような使い方をします。

「入力したデータをチェックしていてあまりに間違いが多いことに気付き唖然とする」

「後輩のほうが先に出世し、あまりのことに唖然とする」

「彼は友人の作品が受賞したいう知らせを聞いて唖然とした」

「先月離婚したばかりの彼が婚約したと聞いて、周囲は唖然としたものだった」

「唖然」もまた、「息を呑む」と似たような場面で使用できますが、「唖然」は「呆れた」ときに使うことがあり、このような場面では「息を呑む」を使うことは不適切でしょう。

また逆に、「息を呑む」は「恐れを抱いた」ときに使うことがありますが、このような場面で「唖然」とすることはないかと思いますので、この場合「唖然」を使うのは不適切かと考えられます。

ちなみに、「呆れる」(あきれる)は意外なことがあって途方に暮れる(どうして良いか分からずに困る)ことです。

「息を呑む」「絶句」「唖然」は共通に「言葉を失う」場面で使う

以上、「息を呑む」の意味と使い方、類似表現についてまとめました。

この言葉はそれほど日常的に多用する語ではありませんが、たとえば美しい景色を見る、逆に何か恐れを感じることがあった時などに、それに「驚いて一瞬息を止める」という場面について述べる時に使用できるでしょう。

またニュアンスは異なりますが、「言葉を失う」「絶句」「唖然」という言葉も何かに驚いたり衝撃を受けたりして言葉を失うことを表します。

そして、これらの語は、それぞれ「衝撃や感動などで発言できなくなる」「言葉に詰まり話が続かない」「驚いたり呆れたりして口が塞がらない」といった意味を持っており、似たような場面で用いることができるでしょう。

しかし一方で、「唖然」は「呆れた」ときに、「息を呑む」は「恐れを抱いた」ときに使うことがあり、これらの場面では互いに言い換えることはできないでしょう。

さらに、これらの語は動作を表現している言葉でもあるので、その文において動作を描写しているのであれば、その動作に適切な言葉を選んで使う必要があります。

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KHajime