用語

「散見」の意味と使い方・例文・類義語・言い換え表現は?現役記者がサクッと解説!

「散見」(読み方:「さんけん」)という言葉は、「~に散見する」「~が散見される」といった形でよく用いられています。

さまざまな場面で使用される語ではありますが、誤用されることが多く、実際のところどのような使い方をすることができるのか、また他の意味で言い換えるにはどのような言い方をすることができるのか、中には疑問が生じることがあるかもしれません。

そこで、ここでは「散見」の意味と使い方、また類義語・言い換え表現について、科学・技術系記事の執筆を中心に活躍する筆者が説明していきます。

「散見」の意味と使い方・例文

image by iStockphoto

始めに、「散見」の意味と使い方を説明します。

「散見」の意味は?

まず、「散見」には「あちらこちらで目に映ること」といった意味があり、「いろいろなところである物事が目に留まること」を表す語となっています。

「散見」には、目に映ることや目に留まることといった意味が含まれていますが、これは必ずしも視覚的なことを意味しません。「散見」は、「評価する声が散見される」のように耳にする場合も使いますし、「洞察力が散見される」のように抽象的な物事を認識した場合にも使います

「散見」の使い方は?

次に、「散見」の使い方を例文を使って見ていきます。以下に4つの例文を挙げました。

「商店街にはすでに閉店した店が散見している」

「アンケートの結果は好意的な意見が大半を占めていたが、批判する声も散見した」

「このチェーン店は市内のあちこちに散見する」

「こうした傾向は比較的若い世代に多く散見している」

「散見」は自動詞として用いられる語で、もともと「(~が)~に散見する」という使い方が正しいとされていました。ただし、現在では「~が散見される」という使い方が一般的になっており、辞書にもその使い方が記載されていることがあります。後者の使い方が定着してきているため、日常的な使い方をする場合には「~が散見される」、より正確な表現をしたい場合などには「~に散見する」というように使い分けても良いかもしれません。

「散文」の類義語・言い換え表現

image by iStockphoto

それでは、「散見」の類義語や言い換え表現について見ていきましょう。まず、「散見」と近い意味を持つ言葉には以下のようなものがあります。

「往々(おうおう)」:ある物事がたびたびある様子。

「ちらほら」:何かがいろいろなところにわずかにある様子。

また、「散見される」と似た意味を持つ語としては「窺える」があります。

「窺(うかが)える」:部分から全体を推察できる、感じ取ることができる。

「散見」と「往々」「ちらほら」を比較すると、「散見」がある物事の様子を目に留めることであるのに対し、「往々」「ちらほら」はある物事の様子そのものであることが分かります。つまり、「往々」「ちらほら」とは違い、「散見」では見ている主体が想定されているのです。

「散見」と「往々」の違いは?

それでは、「散見」と「往々」の違いを詳しく見ていきましょう。「往々」は、例えば以下のように使われます。

 

「しっかりとした計画なしに思いつきだけで行動すると、往々にしてうまくいかないものだ」

「美人で仕事ができる女性が婚期を逃すという例は往々にしてある」

上記の例のように、どちらかと言うと、「往々」は頻繁のように頻度の様子を表すときに使われ、「散見」はあちらこちらのように存在する様子を表すときに使われます。「散見」も「往々」も共に両方の意味を持っていますが、より自然な文章を心掛けるなら、「往々」は頻度の様子を表すときに、「散見」は存在する様子を表すときにと使い分けるほうが良いでしょう。

また、「散見」を「往々」という言葉に置き換えて言い表したい場合には、たとえば上述した例文でいうと「商店街の加盟店が閉店するという例が往々にしてある」といったように言い換えることができます。

「散見」と「ちらほら」の違いは?

次は、「散見」と「ちらほら」の違いです。「ちらほら」は、例えば以下のように用いることができます。

「その居酒屋に入ると、団体客の中に混じって、カウンター席で一人で飲んでいる人もちらほら見えた」

「彼は会社を辞めた後、企業に就職せずに独立したらしいという噂がちらほらと聞こえてきた」

「散見」と「ちらほら」が含む意味の大きな違いは、「散見」が多く、頻繁にといった意味を持つのに対し、「ちらほら」がわずかに、たまに、少しずつといった意味を持つことです。

しかし、どこまでが「ちらほら」でどこからが「散見」なのかは実際に区別はできません。そのため、「散見」を「ちらほら」で言い換えることは可能です。

たとえば上述した例文でいうと「商店街にはすでに閉店した店がちらほら見られる。」といったように言い換えることができます。しかし、やはり意味が異なっているようにも聞こえるので、「散見」を「ちらほら」で言い換える場合は注意が必要です。

「散見される」と「窺える」の違いは?

image by iStockphoto

それでは、「散見される」と「窺える」の違いを見ていきましょう。まず、「窺える」の例文を挙げます。

「周囲の態度から、上司の立場の強さが窺える」

「教室では、意欲的に学んでいる学生達の姿が窺える」

上記における1番目の例文から「散見される」と「窺える」を比較すると、「散見される」では、ある物事があちらこちらで実際に見聞きできると断定しているのに対し、「窺える」では、ある物事を推察できるとその断定は不確かです。

一方、2番目の例文では、「窺える」はあちらこちらという意味は含まれていないものの、ほぼ「散見される」と同じ意味を表しています。このように、「窺える」はある物事を見てとることができるという意味でも使えるため、この場合は「散見される」と言い換えることができるでしょう。

現在は「散見される」という使い方が一般的だが、本来は「散見する」と使う

以上、「散見」の意味と使い方、類義語、言い換え表現についてまとめました。

この言葉は「何かがあちこちで見えること」を表し、いろいろなところであることが目に留まることについて述べる場合に用いることができます。

一般的には「~が散見される」という使い方をされることが多くありますが、本来は自動詞として用いられ「(ある場所や範囲などに何かが)散見する」という使い方となるため、覚えておくと良いかもしれません。

類義語としては、「往々」「ちらほら」といった語がありますが、「往々」は何かがたびたび起こる様子「ちらほら」は何かがまばらにある様子(つまり、ある場所に間があいて何かがわずかにある様子や間を置いて何かが起こる様子)を表します。

また、「散見される」の類義語として「窺える」という語が挙げられますが、「窺える」は、部分から全体を推察できる、感じ取ることができるという意味のほか、ある物事を見てとることができるという意味もあり、後者の場合のみ「散見される」で言い換えることが可能です。

これらの語は微妙にニュアンスが異なりますが、場合によってはそれぞれ置き換えて使うこともできるので、状況に応じてうまく使い分けると良いでしょう。

Share:
KHajime