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「所謂」の意味と使い方・例文・「いわば」との違い。新聞記者歴29年の筆者が解説!

みなさんは「所謂(いわゆる)」という言葉を使ったことがありますか?人に何かを説明するとき「所謂~だ」などの形でよく用いられています。基本的には物事を分かりやすくするために言う言葉ですが、半ば口癖になっているという方もおられるのではないでしょうか。しかし本来、具体的にどのようなことを表しているのか、また「いわば」とはどのような違いがあるのか、説明するのは簡単ではありません。今回の記事では「所謂」の意味と使い方、また「いわば」との違いについて、新聞記者歴29年の筆者が詳しく解説していきます。

「所謂」とは

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日常会話の中で「いわゆる」と使うことは多いですが、漢字で「所謂」と書くケースは少ないかもしれません。「所謂」難読漢字のひとつだと言えるのではないでしょうか。

それでは、以下に「所謂」の意味と使い方を説明していきます。

「所謂」の意味

「所謂」とは「世間一般に言われている。世に言うところの」という意味です。

普段意識することはないかと思われますが、他言語にはあまり例がない「連体詞」という品詞なので、覚えておくとよいでしょう。形容詞の使い方に似ていますが、主な特徴は「名詞の上につくこと」と「活用がないこと」です。「いわゆる」の他には「大きな・小さな」「たいした」「とんだ」などがあります。

基本的には「人に何かを説明する場合、言い換えることで理解しやすくしたい」といったシチュエーションで用いることが多いでしょう。ただし、日常会話で実際に使う場合には、言い換えが余計に冗長だったり、分かりやすくならなかったり、特に意味がないといったケースもあります。

また、論文やレポートなどの堅い文章の中でも一般に使われますが、漢字の「所謂」よりひらがなの「いわゆる」と表記することのほうが多いようです。

「所謂」の由来

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「所謂」は分解すると「いわ(いは)・ゆる」で、古語の残存形だと言われています。

動詞「いふ(言ふ)」の未然形「いは」に、上代の受け身の助動詞「ゆ」の連体形「ゆる」がついて一つの言葉となりました。ちなみに助動詞の「ゆ」は10世紀には一般的用法から姿を消しており、一語になった「いはゆる(いわゆる)」という言葉だけが現在に残っているということのようです。

同じ経緯を持つ語では「あらゆる」(「あら」は「有」、「ゆる」は助動詞)が現在でも使われています。

古い用例は、平安時代に書かれた歴史物語『大鏡(おおかがみ)』にありました。「御母、右大臣源能有(みなもとのよしあり)の御女(むすめ)、いはゆる、九条殿(くじょうどの)に御座します」との一節がそれで、「母は右大臣源能有の娘、世間で言うところの九条殿でございます」という意味です。

つまり「九条殿」という呼び名が世間一般に知れ渡っており、説明するのに分かりやすかったということを示唆しています。

では、以上を踏まえて「所謂」の使い方を例文で見ていきましょう。

「ノートパソコンを持ち歩いてカフェやコワーキングスペースで作業をする、所謂『ノマドワーカー』が増えてきている」

「私の友人は東大卒で大企業に勤めるエリートだし背も高い。昔よく言っていた所謂『三高』というやつだ」

「所謂『スター選手』のように花のある選手ではないが、安定した玄人好みのプレーで人気がある」

「平気で他の人間に同調するので、所謂『太鼓持ち』タイプだろうな」

「いわば」との違い

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では次に、似た意味のある「いわば」という語について見ていきます。

「所謂」と「いわば」、いずれも古くから使われている言葉です。意味的にかなり近いイメージがあるので、そのまま置き換えても問題なさそうな気もしますが、本当はどうなのでしょうか。

「いわば」の意味と使い方

「いわば」には「言ってみると。たとえば」という意味があります。つまり、「それまで説明してきた前段を受け、同じ物事を別の言葉を使って表現したい」というケースで用いる語です。

品詞が副詞というところが「所謂」とは異なる点でしょう。基本的には体言(動詞・形容詞・形容動詞)の上につく語で、「いわば~である」という形で多用されます。

古い用例は、鎌倉時代に鴨長明(かものちょうめい)によって書かれた随筆『方丈記(ほうじょうき)』にあり「あるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはば朝顏の露にことならず」という一節がそれです。

大意は「家の主と住み家、どちらが先に消えていくかを考えるのは、言ってみると朝顔と朝露との関係を考えるのと同じである」。無常観を言い表すための非常に深い文章の中で、「いはば(いわば)」が用いられていました。

例文:

「両親を早くに亡くした彼にとって、姉の存在はいわば母親代わりのようなものだった」

「昔はスマホなどなくても平気だったが、現在ではいわば生活必需品である」

置き換えてみると…

違いを分かりやすくするため、同じ内容の文章を使ってニュアンス・印象の違いを確認してみましょう。

・「所謂」:彼は所謂「ゆとり世代」で、職場の上司や先輩たちとは噛み合わない。

・「いわば」:彼らの世代はいわば「ゆとり世代」なので、職場の上司や先輩たちとは噛み合わない。

「所謂」は「ゆとり世代」という言葉が一般的に認知されているという前提があって、用いることができます。一方「いわば」は、仮に「ゆとり世代」という言葉が知られていなくても、用いることが可能でしょう。

また、「所謂」が「彼」から「ゆとり世代」への言い換えに使われているのに対し、「いわば」は「彼らの世代」から「ゆとり世代」への言い換えで使われているうえ、下に「なので(であるので)」を必要とする点に注目です。

つまり、まとめると、以下のようになります。

「所謂」は「世間で広く言われているように」なので、前段を受けて次にくる語が世の中である程度一般的でなければ、あまり分かりやすくはなりません。しかし、すぐ下に名詞を置くことができるため、文章をシンプルにできます。

「いわば」は「別の言葉で言うと」ということですから、言い換え後の言葉が一般的である必要はありませんが、ある程度イメージの共通性があったほうが説得力があるでしょう。また、下に体言を必要とする関係から、文章が少し複雑になるかもしれません。

英語では

ちなみに、英語ではこのように使い分けされています。

・「所謂」=what is calledso-called

・「いわば」=so to speakas we sayI say

分かりやすく言い換えを

以上、「所謂」の意味と使い方、また「いわば」との違いについて、詳しく解説してきました。

この言葉は「世間一般で言われているように」という意味の連体詞で、「ある事柄を説明するときに、世間一般に知られていることで言い換え、理解しやすくしたい」という場合に用います。名詞の上につく語で、場面によってはひらがなで「いわゆる」と表記されることも少なくありません。

一方、同じく言い換えの際に用いる「いわば」は「別の言葉で言ってみると。たとえば」という意味です。前段で述べたことを「いわば」を使って適切な表現で言い換えると、より説得力をアップさせることができます。後段が世間一般に知られていることである必要はありません。

いずれも、物事を伝える際、分かりやすく伝えたいというときに用いられる語です。言い回しや何を引き合いに出すかに注意して使い分けていくと、表現の幅が広がっていくのではないでしょうか。

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keika03